霊性を求めてーロシア修道院巡礼

 私たち正教徒一人一人に課された課題は、神の誡めを守り、キリストに従って、天の国に到達することであるが、日常生活の中でそれを完全な形で希求するのは難しい。この世の常識、理念が神の誡めの実行の障害になり、信者が悩むことも多い。そこで、より完全に神の誡めの道を歩もうとするのにふさわしい場として存在するのが修道院である。  修道…
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聖母マリア像―ガリラヤのカナより

「ハリストス(キリスト)における謙遜」P.イワノフより 「マリアは神と人々を愛していた。なぜなら神を愛するということはすなわち人々を愛し、人々に同情することだからである。人々の呻きは見えずしてマリアの心に達していた。呻きだけでなく人間の最も微々たる苦情も彼女は聞いていた。  このことを我々は「ガリラヤのカナ」の婚配の話から判…
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世界について

 私たちが見ているもの全ては、空も、太陽も、月も、星も、雲も、私たちが生きている大地も、私たちが呼吸している空気も、そして地上にある全ては、草も、木も、山も、川も、海も、魚も、鳥も、獣も、生きものも、そして最後に私たち自身、人間も、これら全ては神が創造された。  世界は神の被造物である。  私たちは神の世界を見、それがいかに…
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 愛は決して涸れない。愛は多くの人に向けられても、小さくなることはない。このことをエピファニイ長老は語った。「本物の愛は蠟燭の炎に似ている。一本の蠟燭からどれだけ他の蠟燭に火をつけても、最初の炎は完全のまま残る。炎は少しも減らない。そして新しい蝋燭もみな、他の蠟燭と同様の炎を持つの…
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